中性子とその反応

中性子の実体と物質との相互作用とは

中性子という実体(姿)とその特性

図11 中性子の姿は、電気的に中性(電荷をもたない)であり、単独で真空中にある場合には10.8分の半減期に従い陽子と電子に壊変します。ほぼ同じ重さの陽子とともに核子として原子核を構成します。この原子核は核子の組み合わせにより、安定なもの( 安定同位体:Stable Isotope )と不安定なもの(放射性同位体:Radio Isotope;RI)とがあります。中性子の特性は(物質との間で)どのような相互作用が起こるかで判断されることになります。医療の場で利用される20~30MeV以下の中性子の相互作用の概念的類別を以下に示します。

図11 図1に示す通り、中性子のエネルギーに依存して多様な反応が起ります。このため、中性子が存在する場はたいへん多様な放射線で構成されることになります。BNCTの照射場におかれた患者さんの身体中には、熱中性子(あるいは熱外中性子)以外に、照射場の形成装置から漏えいする放射線と中性子によって発生した放射線が混在することになります。以下それぞれの反応についてBNCTとの関連に注意しながら概説します。

【1】弾性散乱反応(n, n)

 弾性散乱とは運動量と運動エネルギーの保存が成り立つ中性子と原子核との散乱現象です。この反応にはポテンシャル散乱と複合核を形成する共鳴散乱があり、後者では中性子のドブロイ波長に基づく波動性が関与し共鳴的な反応がおこります。多くの元素に対して10MeV以下の中性子ではこの反応が支配的です。速中性子線治療では水素との弾性散乱反応が主に利用されますが、BNCTでは、この反応は10Bの存在にほとんど無関係であり、がん組織にも正常組織にも同様の影響を与えることになるため、どちらかといえば敬遠される反応です。

【2】非弾性散乱反応(n, n’)

 非弾性散乱では運動量は保存されますが運動エネルギーは保存されません。衝突された原子核の内部エネルギーが増大する励起反応で、高原子番号物質ではMeV以上の中性子に起こる中心的な反応です。この反応は高原子番号物質によるMeV以上の中性子の遮へいという点で有効ですが、医療的な直接的利用はありません。

【3】中性子捕獲反応(n,γ)

 非弾性散乱反応と異なり、衝突中性子は原子核に吸収されます。このため、この原子核は質量数が1だけ大きい同位体になります。核子の結合エネルギーは多くの元素で8MeV程度です。形成された核はその程度の励起状態となり、励起準位に応じたガンマ線を放出することで励起状態が解消されます。これはガンマ線を放出するだけでBNCTにとっては望ましくない反応です。しかしながら、BNCTでは血液中あるいは生体標本中の10B濃度の測定が基本的なデータとして必要であるため、この反応が即発ガンマ線分析法(PGA)として利用されています。この反応を④の核変換反応の1種と記述することもあります。

【4】核変換反応(n, x)

 衝突中性子と同位元素により形成された複合核が、反応前とは異なる同位元素の組み合わせに分裂する反応で、この反応は多様です。中でもB N C Tで最も重要な反応は10B(n,α)7 Li と14N (n, p)14Cです。前者はBNCTという名称の由来となっている反応です。BNCTに使用されている0.5eVから40keV程度のエネルギー範囲にある熱外中性子(熱中性子の代表的エネルギーは0.0254eV)が照射され体内でホウ素-10(10B)に出会いα線と7 Li 線になるまでのプロセスに関する模式図を図2に示します。後者の14N( n , p )14C 反応では細胞殺傷力が大きい0.58 MeVの陽子線が発生します。窒素原子はがん細胞にも正常細胞にも同様に多量存在するため両者に無視できない影響を与えます。特に正常組織の障害(余病)発生に関連する反応として重視する必要があります。

図26